Norakuro いつも心に「のらくろ」を

いつも心に「のらくろ」を。監査委員の経験と、これからの決意

 
江東区議4期目の4年目に監査委員を拝命し、これまでとは違った視点で「江東区のいま」と向き合う機会をいただきました。
就任まもない頃、小野次郎・元参議院議員から教わった一言は今でも忘れられません。

 
 
「清人さんね。監査やるならこの言葉が、きっと役に立つよ。 “声なきに聞き 形無きにみる”って言うんだ」

 
西郷隆盛や大久保利通とともに薩摩を代表する人物、川路利良(かわじ・としよし)大警視の言葉です。警察出身らしい小野さんのアドバイスは、実際に監査で訪れた多くの場面で思い起こされました。
就任後、区内中のさまざまな保育教育施設(保育園に幼稚園、小中学校)、そして障がい者や高齢者などの支援施設を訪ねました。
その中でもっとも強く感じたのは、江東区にも「経済的格差」が広がり、その影響が所どころに表れていることでした。
区の統計によると、就学援助の対象となる児童生徒の割合は小学校で全体のおよそ18%、中学校では32%にのぼります。進学するにつれ、親の負担が大変になる。これは何も、親や子どもだけの問題ではありません。
私たちにとっての孫の世代が、そういう大変な状態にある。区が毎年公表している「江東区データブック」を参照するだけでは見えない実態が、現場にはありました。
 
 
さまざまな家庭環境の児童や生徒たちが、学校に集まります。経済的に恵まれている人もいれば、そうでない人もいる。認めざるを得ない事実です。
それを感じているのは、大人じゃ無いんです。誰か。他ならぬ子どもたちです。
 
 
「うちは、みんなとは違うから」。
ある程度の年齢になれば、感じてしまいます。
そんなことないんだよ、みんな平等なんだよという言葉がむなしいくらい、子どもたちは肌身で感じている。言わないけど、伝わってくる。それが現実でした。
就学援助率の問題に関しては、実は大人よりも、当事者である子どもたちのほうが敏感で、そして繊細なんです。

なぜわたしは、このタイミングで監査委員を仰せつかったんだろう。
これまでの4期16年、議員として歩みはじめて20年の節目に「声なきに聞き 形無きにみる」機会を与えられたのか。大いに考えさせられました。
 
そもそも政治家を志したその原点には、1995年の「酒鬼薔薇聖斗事件」があります。
地域の子ども達の安全や安心を守りたい。
その一念で、長らく務めたYKK APを退職する決意を固めました。
最近は猫のCMで注目されていますが、今でも愛着のある会社です。
妻とも、職場が縁で結ばれました。

(画像をクリックすると、CM動画が視聴できます)

 
ここまま会社のために頑張ろうか、それとも地元に尽くそうか。
一週間、悩みました。
それでも最後は、会社の理念でもある
善の巡還-他人の利益を図らずして自らの繁栄はない-」。
これを実践することで、ふるさとに恩返しがしたい。そんな気持ちが勝ちました。
妻の反対を押し切り、区政に挑もうと決めたのは20年前でした。
本当にこれまで、苦労をかけて来たと思います。
 
初当選以来、わたしは子どもの安全対策に全力で取り組んできました。
犯罪被害や交通事故などの危険に対する安全は、ある意味ではわかりやすいかも知れません。注目もされやすいです。
しかしその一方、経済的な事情や理由による「見えざる安全や安心」は、わたし自身も今まであまり見えていなかった。見ようと努めながらも、その本当に深いところ、光の当たらないところはどうだったろう。監査委員を経験しなければわからないことばかりでした。
 
 
だからこそ、今回の選挙に挑むにあたり、わたしは年限を区切り、任期内で2つの目標を掲げます。
ひとつは前半の半期内までに、江東区における就学援助対象率の増加に歯止めをかけます。
これ以上、上昇させない。
そして後半、4年間の任期中に、対象率の前期比マイナス化を目指します。
 
子どもたちの学びに対しては、政治が全力で責任を持つ。そういう区に、なんとしてもしたい。
わたしたちの代で、そうしなければならない。
こう思い至ったのには、じつは監査委員の経験とあわせて、もう一つ理由があります。

日ごろお世話になっている、森下文化センターさん。
その1階には、地元ゆかりの人気キャラクター「のらくろ」に触れることのできる「田川水泡・のらくろ館」があります。
私も時おり訪れますが、つい先日、新たな発見がありました。

(愛蔵の「しあわせ三部作」)

 
のらくろの名前は「野良犬黒吉(のらいぬ・くろきち)」といいます。二等兵からはじまって大尉まで昇進した後は軍隊を離れ、さまざまな職業を転々とします。ある時は旅館に住み込み、またある時は選挙の手伝いをしたり。そして最後には、私の生い立ちでもある「喫茶店」のマスターになり、ささやかな幸せを手に入れます。
しかし、その出発点はとてもつらいものでした。第一巻では、親の面影を知らない“みなしご(孤児)”として登場しています。
はたして「のらくろ」は、どんな心の持ち主だったのか。恵まれない境遇ながらも、自分よりも苦労している子どもたちを見ると、どうしてもほうっておけない。
ある時は自分の食べ物を分け与えたり、またある時は思いがけない収入やご祝儀を貰ったりしても、みんな養育施設に寄付してしまう。

 
(一番のお気に入り「のらくろ喫茶店」より)
 

「みずから身を切り、みんなには温かく」。
それを地でいくのが、実は「のらくろ」だったんです。
 
のらくろの町・江東に生まれ、のらくろと共に育ち、そしてこの江東区に骨をうずめようと誓った政治家として。
改めて思うことがあります。
 
誰にも気がねせずにのびのびと学ぶのは、子どもたちの権利です。
そしてそれを支えるのは、区政の責務です。
少なくとも江東の子どもたちには、引け目や負い目を感じさせることなく、全力で精いっぱい学ばせてあげたい。表面上の数値には出てこない、声にならない声に耳を傾け、注意しないと見えない、形なきものに対しても解決策を提示していきたい。
つよくそう思います。
 
だからこそ今回の挑戦にあたっては、いかにして、どうやって子どもたちの、見えない部分の安心と安全を守っていくのか。徹底的にこだわっていく覚悟です。

そして、いつも心に「のらくろ」の優しさ、温かさを忘れずに。
わたくし鈴木きよとは「議員は身を切り、そして区民には温かく」。
そして「江東区を愛しています」を旗じるしに、これからの江東区を皆さまとともに創っていくことを誓います。

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